薬害の歴史
医薬品による副作用等に対する基本的考え方
・医薬品は、人体にとって本来異物であり、治療上の効能・効果とともに何らかの有害な作用(副作用)等が生じることが避けがたいものである。
・副作用は、眠気、口渇等の比較的よく見られるものから、死亡や日常生活に支障をきたすほどの重大なものまで、その程度は様々であるが、それまでの使用経験を通じて知られているもののみならず、科学的に解明されていない未知のものが生じる場合もあり、医薬品の副作用被害やいわゆる薬害は、医薬品が十分注意して使用されたとしても起こり得るものである。
・このように医薬品が「両刃の剣」であることを踏まえ、医薬品の販売に従事する専門家を含め、関係者が医薬品の安全性の確保に最善の努力を重ねていくことが重要である。
医薬品による副作用等にかかる主な訴訟
・薬害訴訟には歴史的に重要なものがあり、登録販売者試験においては以下4つの訴訟が出題される。経緯などについて各項目で十分おさえておこう。
サリドマイドの胎児への影響
・サリドマイドは、催眠鎮静剤等として販売されていたが、母親の摂取により胎児に移行し、正常な発達を妨げてしまう作用があった。そのため、胎児の四肢欠損や心肺機能の障害等の先天異常の原因となった。
【語句解説】血管新生
・既に存在する血管から新しい血管が形成されること。また、広義にはそれに伴い、新しい血管によって栄養分等が運ばれることも指す。胎児の成長過程のみならず、健康な成人においても重要であるが、成人における新しい血管の形成は胎児期に比べると活発でない。なお、腫瘍化した細胞近辺では血管新生が活発化し、腫瘍の成長を促すことから、血管新生を妨げる物質がんを抗癌剤として用いることがある。
サリドマイドは分離しても催奇形性を避けられない
・血管新生を妨げる作用は、サリドマイドの光学異性体【語句解説】のうち、一方の異性体(S体)のみが有する作用であり、もう一方の異性体(R体)にはなく、また、鎮静作用はR体のみが有するとされている。サリドマイドが摂取されると、R体とS体は体内で相互に転換するため、R体のサリドマイドを分離して製剤化しても【語句解説】催奇形性は避けられない。
【語句解説】光学異性体
・分子の化学的配列は同じであるが、鏡像関係(鏡に映ったように左右対称の関係)にあり、互いに重ね合わせることができないもの。互いに光学異性体にあるものについて、それぞれR体とS体として区別する表示方法のほか、d-体とl-体として区別する表記方法、D-体とL-体として区別する表記方法があり、医薬品の配合成分の名称の記載においては、それらの表記方法が用いられていることが多い。
【語句解説】サリドマイドの分離
・サリドマイド製剤はR体とS体が分離されていない混合体(ラセミ体)を用いて製されており、当時は、光学異性体の違いによって有効性や安全性に差が生じることは明確でなかった。その後、新たな有効成分を含む医薬品の承認にあたっては、光学異性体の有無や有効性、安全性等への影響についても確認、評価がなされるようになった。
サリドマイド訴訟の経緯
・催眠鎮静剤等として販売されたサリドマイド製剤を妊娠している女性が使用したことにより、出生児に四肢欠損、耳の障害等の先天異常(サリドマイド胎芽症)が発生したことに対する損害賠償訴訟である。
・サリドマイドによる薬害事件は、日本のみならず世界的にも問題となったため、WHO加盟国を中心に市販後の副作用情報の収集の重要性が改めて認識され、各国における副作用情報の収集体制の整備が図られることとなった。
スモンの症状
・スモンとは、亜急性脊髄視神経症のことで、英名Subacute Myelo-Optico-Neuropathyの頭文字をとって「スモン」と呼ばれる。
・整腸剤として販売されていたキノホルム製剤を使用したことにより、スモンの症状を訴える人が現れた。
キノホルム製剤の使用とスモン訴訟の経緯
・整腸剤として販売されていたキノホルム製剤を使用したことにより、亜急性脊髄視神経症(スモン)に罹患(りかん)したことに対する損害賠償訴訟である。
医薬品副作用被害救済制度の創設
・サリドマイド訴訟、スモン訴訟を契機として、1979年、医薬品の副作用による健康被害の迅速な救済を図るため、医薬品副作用被害救済制度が創設された。
血液凝固因子製剤によるHIVの発症
・血友病患者が、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)が混入した原料血漿から製造された血液凝固因子製剤の投与を受けたことにより、HIVに感染した。
・このことを受けて始まった損害賠償訴訟が、HIV訴訟である。
HIV訴訟の経緯
・HIV訴訟は、1989年に大阪と東京で提訴され、1996年に和解が成立している。一連の流れを確認しておこう。
HIV訴訟の和解確認書
・和解確認書において、国(厚生大臣(当時))は、以下の謝罪と決意を示している。
「我が国における血友病患者のHIV感染という悲惨な被害を拡大させたことについて指摘された重大な責任を深く自覚、反省して、原告らを含む感染被害者に物心両面にわたり甚大な被害を被らせるに至ったことにつき、深く衷心よりお詫びする」とともに、
「サリドマイド、キノホルムの医薬品副作用被害に関する訴訟の和解による解決に当たり、前後2回にわたり、薬害の再発を防止するため最善の努力をすることを確約したにもかかわらず、再び本件のような医薬品による悲惨な被害を発生させるに至ったことを深く反省し、その原因についての真相の究明に一層努めるとともに、安全かつ有効な医薬品を国民に供給し、医薬品の副作用や不良医薬品から国民の生命、健康を守るべき重大な責務があることを改めて深く認識し、薬事法上医薬品の安全性確保のため厚生大臣に付与された各種権限を十分活用して、本件のような医薬品による悲惨な被害を再び発生させることがないよう、最善、最大の努力を重ねることを改めて確約する」としている。
「誓いの碑」に刻まれた言葉
・「誓いの碑」には、「命の尊さを心に刻みサリドマイド、スモン、HIV感染のような医薬品による悲惨な被害を再び発生させることのないよう医薬品の安全性・有効性の確保に最善の努力を重ねていくことをここに銘記する千数百名もの感染者を出した『薬害エイズ』事件このような事件の発生を反省しこの碑を建立した平成11年8月厚生省」と刻まれている。
HIV訴訟後の再発防止に向けた取り組みなど
・HIV訴訟を契機に、HIV感染者に対する恒久対策のほか、以下の再発防止に向けた取り組みを含む改正薬事法が1996年に成立し、翌年4月に施行された。
医薬品の副作用等による健康被害の再発防止に向けた取り組み
・医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構(当時)との連携による承認審査体制の充実
・製薬企業に対し従来の副作用報告に加えて感染症報告の義務づけ
・緊急に必要とされる医薬品を迅に供給するための「緊急輸入」制度の創設等
・また、他にも以下の改善等が行われた。
・エイズ治療研究開発センターおよび拠点病院の整備
・治療薬の早期提供
・血液製剤の安全確保対策として、検査や献血時の問診の充実を図る
・薬事行政組織の再編
・情報公開の推進
・健康危機管理体制の確立
CJDとは
・CJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)は、たんぱく質の一種であるプリオンが原因とされ、プリオンが脳の組織に感染し、次第に認知症に類似した症状が現れ、死に至る重篤な神経難病である。
CJD訴訟の経緯
・CJD訴訟とは、脳外科手術等に用いられていたヒト乾燥硬膜を介してCJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)に罹患(りかん)したことに対する損害賠償訴訟である。
CJD訴訟後の国の取り組みなど
・CJD訴訟の和解に際して、国(厚生労働大臣)は、生物由来の医薬品等によるHIVやCJDの感染被害が多発したことにかんがみ、こうした医薬品等の安全性を確保するため必要な規制の強化を行うとともに、生物由来の医薬品等による被害の救済制度を早期に創設できるよう努めることを誓約し、2002年に行われた薬事法改正に伴い、以下の対応を行った。
・生物由来製品の安全対策強化
・独立行政法人医薬品医療機器総合機構による生物由来製品による感染等被害救済制度の創設 など
・他にも、以下の対応を行っている。
・CJD患者の入院対策・在宅対策の充実
・CJDの診断・治療法の研究開発
・CJDに関する正しい知識の普及・啓発
・患者家族・遺族に対する相談事業等に対する支援
・CJD症例情報の把握
・ヒト乾燥硬膜の移植の有無を確認するための患者診療録の長期保存等の措置
C型肝炎訴訟が起きた背景
・出産や手術での大量出血などの際に特定のフィブリノゲン製剤や血液凝固第IX因子製剤の投与を受けたことにより、C型肝炎ウイルスに感染したことに対する損害賠償訴訟である。
C型肝炎感染被害者救済のために
・国及び製薬企業を被告として、2002年から2007年にかけて、5つの地裁で提訴されたが、2006年から2007年にかけて言い渡された5つの判決は、国及び製薬企業が責任を負うべき期間等について判断が分かれていた。このような中、C型肝炎ウイルス感染者の早期・一律救済の要請にこたえるべく、議員立法によってその解決を図るため、2008年1月に特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第IX因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法(平成20年法律第2号)が制定、施行された。
・国では、この法律に基づく給付金の支給の仕組みに沿って、現在、和解を進めている。また、「薬害再発防止のための医薬品行政等の見直しについて(最終提言)」(平成22年4月28日薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会)を受け、医師、薬剤師、法律家、薬害被害者などの委員により構成される医薬品等行政評価・監視委員会が設置された。
登録販売者等に求められる姿勢
・サリドマイド製剤、キノホルム製剤については、一般用医薬品として販売されていた製品もあり、一般用医薬品の販売等に従事する者においては、薬害事件の歴史を十分に理解し、医薬品の副作用等による健康被害の拡大防止に関して、製薬企業や国だけでなく、医薬品の情報提供、副作用報告等を通じて、その責務の一端を担っていることを肝に銘じておく必要がある。